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2015年2月17日火曜日

本間一夫氏


こんにちは。今日は晴天で春のような陽気になっています。
今まで降った雪が落ちてきたり、川などは雪が緩んでいます。
くれぐれも、お気をつけ下さいね。

さて、この写真は「本間一夫」さんです。
大正4年(1915年)に本間泰蔵さんの次女・千代さんの長男として増毛町で生まれました。
千代さんは一夫さんを生んでおよそ一年後に亡くなり、千代さんの兄夫妻(泰輔さん・きみさん)が親代わりとなりました。
5歳の時の高熱で目が見えなくなり、その後の苦難を乗り越え、日本点字図書館の創設者となりました。増毛町の名誉町民でもあります。
私は現在、泰蔵さんの手帳の書き下し作業をさせて頂いております。
その泰蔵さんの手帳はほとんどが鰊漁か海運業のことなのですが、ほんの少し、一夫さんの事が書いてありました。

それは大正10年1月28日
 ” 午前七時 太刀丸 一夫ヲ向ニ来ル 九時ニ爰元出帆 極洋ニテ風クタリ 泰輔 おきみ
   おたみ およ志 本間廣吉 一夫 都合六名乗船ス 
   午後四時 小樽鎌倉病院 着クノ報アリ ”
さらに、大正10年1月30日
 ” 一夫 病名 田中医師の診断
   視神経炎 脳底ノ疾患ニテ視神経床ノ 故障 波及シタルモノラシ ” (原文のまま)

泰蔵さんは一夫さんをとても可愛がっていたようです。
自分の娘・千代さんが残した宝物、自分の後を継ぐ男の子。
期待はいかばかりだったでしょう。
この手帳のほんの数行の中に泰蔵さんの悲しみが表れているような気がします。

今年は本間一夫生誕100年の年ということで本間家では呉服蔵において小規模ですが特別展示を予定しております。
4月の開館に向けて準備を始めようと思います。
                                女中頭 さとう