こんにちは。
今日はお天気も良くなりました。昨夜は雪が降りましたのでちょっぴり心配でした。
また、雪崩の心配があるため、留萌~増毛間はJRの運休という事態が続いています。
こちらにお見えになる方々にはご不便をおかけしております。
さて、上の写真は昭和28年の増毛港の様子です。
起重機が三台据え付けてあるのが見えます。
1回に2.5石(1875㌔)を上げるようになっています。
鰊が獲れているころは大人も子供も働いていたようです。
学校では「鰊やすみ」というのがあったそうで、私の父は「鰊かつぎ」をしていたと言います。
鰊が21匹で一連といい、20連になったら木架(なや)に運ぶのです。
秋田県から移民をした私の祖先は稲作だけでは食べていくことができなかったようで、
製品にならない鰊をもらってきて、畑に肥料として入れたり、食用にしたといいます。
そのおいしかったことは忘れられないと父は言います。
増毛港の港湾修築は明治39年に始まり41年に竣工しました。
もともと増毛港は良い港です。
古くから帆船や汽船が行き交い、船舶の出入数は全道第3位でした。
西北の風を和らげ、湾内は穏やかだったそうです。
もちろん、本間泰蔵さんもそこに目をつけたのです。
増毛で商売を始めたきっかけはこの港と暑寒の山と伏流水にあったのです。
先見の明があった方でした。
この写真は現在の増毛港です。
映した場所は上の古い写真とだいたい同じ所だと思います。
現在の増毛はえび・ホタテ・タラ・カレイなどなど・・・。
色々な魚が獲れています。
若者たちが跡継ぎとなって今頑張っています。
昔のような鰊が帰ってくることはあるかどうかはわかりませんが、活気あふれる増毛港であってほしいと思います。
ぜひ、増毛町にお越しください・・。おいしい魚を食べて行ってくださいね。
5月には増毛えび地酒まつりもありますので心よりお待ちしております。
:女中頭 さとう

旧商家丸一本間家
100年前の明治時代の姿をそのまま現代に伝えている旧商家丸一本間家。
屋根瓦の一枚一枚には家紋が彫り込まれ、壁面や門柱には洋風の装飾が施されるなど
当時の建築職人の心意気が感じられます。
本間家は「丸一本間」の屋号で、呉服商に始まり鰊漁の網元、海運業、酒造業など時代とともに多岐にわたり事業を展開し、家屋もそれに伴って増築していきました。
現在は建物の大部分が修繕・復原され、店鋪や居宅部を含む、 広大な建物の内部を見学できるようになっています。
本間家は「丸一本間」の屋号で、呉服商に始まり鰊漁の網元、海運業、酒造業など時代とともに多岐にわたり事業を展開し、家屋もそれに伴って増築していきました。
現在は建物の大部分が修繕・復原され、店鋪や居宅部を含む、 広大な建物の内部を見学できるようになっています。
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旧商家丸一本間家
令和2年度開館………………………………4月17日(金)
本間家ミニ縁日(中止)……5月30日(土)、31日(日)
企画展「ミニ明治村展」 6月12日(金)~28日(日)
茶菓サービスの日(80名様限定)……延期(延期日未定)
令和2年度閉館……………………………11月 4日(水)
※事業内容は変更する場合があります。
本間家ミニ縁日(中止)……5月30日(土)、31日(日)
企画展「ミニ明治村展」 6月12日(金)~28日(日)
茶菓サービスの日(80名様限定)……延期(延期日未定)
令和2年度閉館……………………………11月 4日(水)
※事業内容は変更する場合があります。
2015年2月17日火曜日
本間一夫氏
今まで降った雪が落ちてきたり、川などは雪が緩んでいます。
くれぐれも、お気をつけ下さいね。
さて、この写真は「本間一夫」さんです。
大正4年(1915年)に本間泰蔵さんの次女・千代さんの長男として増毛町で生まれました。
千代さんは一夫さんを生んでおよそ一年後に亡くなり、千代さんの兄夫妻(泰輔さん・きみさん)が親代わりとなりました。
5歳の時の高熱で目が見えなくなり、その後の苦難を乗り越え、日本点字図書館の創設者となりました。増毛町の名誉町民でもあります。
私は現在、泰蔵さんの手帳の書き下し作業をさせて頂いております。
その泰蔵さんの手帳はほとんどが鰊漁か海運業のことなのですが、ほんの少し、一夫さんの事が書いてありました。
それは大正10年1月28日
” 午前七時 太刀丸 一夫ヲ向ニ来ル 九時ニ爰元出帆 極洋ニテ風クタリ 泰輔 おきみ
おたみ およ志 本間廣吉 一夫 都合六名乗船ス
午後四時 小樽鎌倉病院 着クノ報アリ ”
さらに、大正10年1月30日
” 一夫 病名 田中医師の診断
視神経炎 脳底ノ疾患ニテ視神経床ノ 故障 波及シタルモノラシ ” (原文のまま)
泰蔵さんは一夫さんをとても可愛がっていたようです。
自分の娘・千代さんが残した宝物、自分の後を継ぐ男の子。
期待はいかばかりだったでしょう。
この手帳のほんの数行の中に泰蔵さんの悲しみが表れているような気がします。
今年は本間一夫生誕100年の年ということで本間家では呉服蔵において小規模ですが特別展示を予定しております。
4月の開館に向けて準備を始めようと思います。
女中頭 さとう
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